Home > Tour Archive

Tour Archive

裏磐梯秘湯ツーリング(2)

  • Posted by: Jun
  • October 29, 2007 12:13 AM
  • Tour

2日目、朝から天気がいい。正しい日本の朝ご飯を頂いて9時頃出発。帳場で勘定をしている時に片岡鶴太郎が金田一耕助役をやったドラマ「悪魔の手毬唄」のロケ写真が飾られているのを発見。なるほどここが亀の湯だったのかとひとり納得する。

Continue reading

裏磐梯秘湯ツーリング(1)

  • Posted by: Jun
  • October 28, 2007 11:58 PM
  • Tour

春のいちご狩りツーリングの後、仙台に帰ったツーリング仲間と合流すべく予定された秋の福島・裏磐梯ツーリングだったのだが、残念なことにその本人が仕事の都合で不参加になってしまい東京からの5人(一人は大阪からか)でのツーリングとなった。

Continue reading

rpmサルベージ作戦

8耐が終わって3週間。長かった夏休みも終わり週末にはMotoGPの後半戦が始まります。8耐で撮ったボツ写真の中にWeb素材としてなら使えそうなやつがあったので休みの間にサイトをリニューアルしてみました。いつまでもカワサキの中野ではなあってことで、これからしばらくはCBRです(よく見るとライダーまで特定できそうだけど調べてないな)

おっと、書き忘れるところだった。今回のリニューアルにはwuさんが展開しているVicunaというテンプレートとスキンのセットを使わせてもらいました。テンプレートとスタイルシートの見通しがいいのでカスタマイズもしやすい逸品です。

Continue reading

千葉いちご狩りツーリング

  • Posted by: Jun
  • March 6, 2007 1:12 AM
  • Tour

ichigo.jpg3月になったらツーリングに行こう、花粉は辛いけど。春先は千葉が暖かくていいかもしれない。JR東日本も「ちばデスティネーションキャンペーン」を展開中で駅にあれこれとパンフが置いてある。いちご狩りが出来るよと言ったら妙に受けたので、それをメインにルートを考えてみた。今回も「ツーリングって、したことないすねぇ」という新人君が二人いるので打ち合わせという名の飲み会も開いて万全の態勢である。つーか、最近そんなツーリングばっかしか?

土曜日の朝、前日から東京入りしてレンタルバイクで登場というご苦労な友人Nも含めて総勢6人で出発。東関道から京葉道、千葉東金道路を使って一気に成東へ。R126沿いはいちご狩りのハウスが点在するいちごロードなのだ。大きな駐車場が判りやすい緑川いちご園でまずはいちご狩り。ハウス脇の受付へ向かうとすでにいちごの甘い香りがあたりに漂っている。この時期は30分間食べ放題で1300円。30分? 短い? いやいや30分以上食べつづけるのは無理。甘いいちごを文字通り腹一杯食べてみなさま幸せそうな顔になっていたので無問題。

unagi.jpgバイクにも給油してちょこっと九十九里浜へ。オフシーズンの静かな浜でぽてぽてした後は成田へ向かう。県道58号から62号をつないで上空に飛行機が飛んでいくのを見ながら東関道を越え、R51を横切るとすぐ成田山新勝寺に着く。一応お参りした後は参道に面した駿河屋に入る。3時ともなればさすがにいちごで一杯だった腹もこなれてくるので、ここで成田名物のうなぎを食すのだ。注文を受けてから裂きますということで待つこと30分。ほわほわと柔らかいうなぎを堪能しつくす。いちご、九十九里浜につづいて本日三度目の幸せそうな顔が...。

富里から東関道でさくっと東京へ戻る。最後のとこでちょっと渋滞したが特に問題なし。おまけに御徒町のひもの屋で打ち上げと、超満足な一日であった。よしよし、今年は「うまいもんツーリング」に徹することにしようかな。

信州初心者ツーリング(2)

  • Posted by: Jun
  • June 4, 2006 8:09 PM
  • Tour

白鳥神社の大欅を見上げるきっちり8時間睡眠で起床。おかゆの朝食をいただいて西石川旅館を後にする。今日も薄曇りで暑くもなくいい感じの天気となった。有料の三才山トンネルで松本から東御方面へ抜ける。山道をゆっくりと走って海野宿へ到着。ここは小諸から上田、越後へ抜ける北国街道の宿場町で古い街並が残されている。白鳥神社の大欅を見たり、ガラス工房でぐい飲みを買ったり、お茶したりして思いのほか長く休んでしまった。ここは時間がゆっくりと流れる場所で地味におすすめ。

Continue reading

信州初心者ツーリング(1)

  • Posted by: Jun
  • June 3, 2006 8:05 PM
  • Tour

美ヶ原の風車名古屋在住の友人Nとは大学時代からかれこれ20年の付き合いになる。バイクに乗るようになったこと、それもカワサキに乗るようになったことは彼の影響が大きい。が、不思議なことにこれまで一緒にツーリングに行ったことがなかった。今回はその友人N、初心者C、ツーリングはあまり行ったことがないという準初心者M、そして私の4人組。バイクはZX-9R、エストレヤ、250TR、GPZ900Rとカワサキばかり4台ということになった。

Continue reading

秩父初心者ツーリング (2)

  • Posted by: Jun
  • November 6, 2005 11:25 PM
  • Tour

四萬部寺 空は朝からどんよりと重い。うう、雨になるのか? 夜まで保ってくれるはずだよなあ(希望)...。朝食の後、宿の目の前にある四萬部寺に参拝して二日目のスタートとなった。前の晩にあれやこれや考えたが、まあとにかく走りましょうということでR299をひたすら西進。秩父から小鹿野に出て志賀坂峠を越え、R462で帰ってくるルートをとった。

Continue reading

秩父初心者ツーリング (1)

  • Posted by: Jun
  • November 5, 2005 11:23 PM
  • Tour

最近よく読んでいるバイク雑誌「培倶人」の10月号に「バイクの乗り方はセンパイに教わったが、もう自分も誰かのセンパイという年代なのだなぁ」という記事があった。昔自分がそうだったように「ツーリングって、したことないすねぇ」という初心者を引っ張って走りにいくわけだ。この週末、5週連続の雨が途絶えるかもということで、後輩を一人引き連れて秩父へと出かけた。GPは録画だw

Continue reading

出たとこ勝負のバイク日本一周 準備編+実践編

  • Posted by: Jun
  • September 11, 2004 11:21 AM
  • Tour
出たとこ勝負のバイク日本一周 準備編(枻文庫 066)
小林ゆき著

味わいのある趣味の文庫(我が家ではマニアな文庫とよばれる) 枻(えい)文庫のツーリング本。発売されてすぐ読んでいたのにブログに書くのが今頃になってしまった。続編も出たのでまとめて紹介を。

実は同い年であることがわかったモーターサイクルジャーナリスト小林ゆきの自伝的日本一周本である。80年代に青春を送ったものとしては(環境はまったく違うものの)ああ、わかるわかるあの雰囲気といったところが散見されて楽しいというか痛いというか。読んでるこちらのかさぶたも少しはがされた感じなのだ。
「準備編」とあるとおり日本一周の話を期待してはいけない。小林ゆきはいかにして日本一周を決意したのか。いや、小林ゆきはいかにして小林ゆきになったのかが判る。30代のライダーは特に必読。

出たとこ勝負のバイク日本一周 実践編(枻文庫 076)
小林ゆき著

そして先日発売されたばかりの「実践編」。家人が先に読むといってるので順番待ちなのだが。果たして小林ゆきは無事に日本一周できたのか!?

罰当りの上信越ツアー (4)

  • Posted by: Jun
  • August 16, 1993 11:24 PM
  • Tour

上信越 August 14-16, 1993 Kawasaki Zephyre

復活 - 8月16日

復活

朝、動かぬバイクを湖畔のガソリンスタンドまで運んで、ブースターケーブルを借りて始動。エンジンを止めないよーにしながら高崎へと山を下りた。全国チェーンR高崎店のメカニックの人はよかった。症状を聞いてバッテリーが充電されていないことを確認。テスターをあててスロットルを開けると電圧が下がることから、レギュレーター/レクチファイヤーのトラブルだろうとすばやく診断してくれたのだ。

さてしかし、世の中はお盆であって当然ながらパーツの供給は行われない。かといって、ここでパーツが着くのを待っていると帰れない。メカの人は店においてある自分のバイクのだといってパーツを付けてくれた(感謝感謝!)これにてZephyre完全復活である。

麦草峠越え

すでに昼である。ここからどうするか。二度に渡ってエンジン停止の憂き目にあったためか、気勢を削がれた感じでぼちぼちと西へ戻ることにした。高崎から関越道にのるとそのまま上信越道へ入り佐久まで走った。そこで下道におりてR141で清里方面へ向かい、国道最高点(当時)麦草峠へと右折した。

混雑するR141とは違い、メルヘン街道という名前のR299、コスモスの揺れる麦草峠への道はすいていた。ほとんど行き交う車のない道をグイグイと高度を上げていく。最高点の麦草峠を立ち止まるでもなくさらりと通り過ぎ、茅野方面へ下りて中央道へ。名古屋を経由して名神へ入り養老SA、多賀SAと休憩しながら無事京都へ帰還。

限定解除ほっぽってツーリングに出た罰があたったのだな、きっと。

罰当りの上信越ツアー (3)

  • Posted by: Jun
  • August 15, 1993 11:21 PM
  • Tour

上信越 August 14-16, 1993 Kawasaki Zephyre

榛名へ - 8月15日

誤診

前日は思わぬアクシデントで浦和泊まりとなってしまった。翌朝、全国ネットで展開しているバイクチェーンRの(京都店で買っていることもあって)浦和店に持ち込んだ。お盆でも開いているというのは心強い限りだったのだが...。メカの兄ちゃんの診断ではバッテリーがだめだということだった(確かにバッテリーが死んでいたのは事実だが、その原因の方が問題だったのだ)。とにかく動くようにしないと話にならないので、新品のバッテリーに交換。修理を終えるとはや昼時となった。国道沿いのファミレスで食事をしながら新たな行き先を検討した。

榛名へ

すでに昼である。半日で行ける200km圏内でツーリングらしいところは...群馬県は榛名山。山頂の榛名湖YHに電話してみると空いているということで宿も決定した。下道を川越方面に走り途中から関越道にのった。関越道はすいていた。走っても走っても埼玉県という気分でいるうちに上信越道との分岐を通り過ぎていよいよ群馬県に。高崎で高速をおりて榛名方面へ向かった。榛名山への道は車も少ない快適なワインディングで緑も多くようやくツーリングらしい気分になった。峠を登り切ると木々の隙間から眼下に榛名湖を望む。湖畔の駐車場にバイクを止めてしばし観光のまねごと。YHの駐車場に入るべくバイクを動かそうとしたところで再びエンジンは沈黙してしまった。

限定解除ほっぽってツーリングに出た罰があたったのだ。

罰当りの上信越ツアー (2)

  • Posted by: Jun
  • August 14, 1993 11:17 PM
  • Tour

上信越 August 14-16, 1993 Kawasaki Zephyre

そしてエンジンは沈黙した - 8月14日

走っても走っても静岡

いい天気であった。これは暑くなると思いながら、それでもまじめにクシタニのジャケットを着込んで名神にのった。快調に飛ばして尾張一宮。ここから中央道方面は走ったことがあるが東名方面は走ったことがない。どんな具合かしらんとスピードを上げていった。愛知県を通過し静岡県に入ってすぐ、浜名湖SAで昼休みにした。さしもの巨大な浜名湖SAもお盆休みのお昼時とあって大混雑である。売店でお握りを買って外で食べた。

浜名湖SAを出てさらに東へ。初日のうちに東北道の宇都宮辺りまで走っておけば後がゆっくりできると考えていたので(体力あったのだな、当時は)、ひたすら走りつづけた。が、走っても走っても静岡県なのである。日本海側から東北にアプローチした時の走っても走っても新潟県に匹敵する長さであった。道がうねり始め山に入ってきたところでようやく神奈川県に入った。

そしてエンジンは沈黙した

午後4時頃、用賀IC着。東名から東北道へ都心をいかに縦断するかが一つのポイントだった。当時の私には複雑に離合集散する首都高はただの迷路にしか見えなかったので迷わず下道で環八へ。これが間違いで、砧公園の横から西武新宿線を越える辺りまで環八は延々と渋滞していたのだ。暑さでふらふらになってどのあたりから荒川を渡ったのだったかはっきり覚えていない。時間もなくなってきたことだし大宮辺りで宿を探すかと思いながら給油した浦和のガソリンスタンドでZephyreのエンジンは沈黙してしまったのだった。

限定解除ほっぽってツーリングに出た罰があたった。

罰当りの上信越ツアー (1)

  • Posted by: Jun
  • August 14, 1993 11:12 PM
  • Tour

上信越 August 14-16, 1993 Kawasaki Zephyre

あれさえなかったら…あるいは長い前振り

彼は免許を出した

前年(92年)の夏、恒例の鈴鹿8耐観戦で友人が「ほらっ」と免許証を見せてきた。何かと思ったら「裏、裏」と言う。ひっくり返してみると「限定解除」の判子が押されていたのだった。大型二輪の免許が教習所で取れるようになった昨今とは違い、92年当時、自動二輪中型限定の限定を解除するには、運転免許試験場で試験を受けるしかなかった。合格率が3%とか5%とかまことしやかに囁かれていた限定解除試験である。

解除してみる?

限定解除に挑戦しようかと思い始めたのが、翌93年、バイクに乗り始めて3年目の春のことである。免許をとる際のマニュアル本にしていた高千穂遙の「だからバイク大好き!」でも、「限定解除は不可能ではない……そのための練習は技術の向上につながり、けっして無駄にはならない」という記述もあった。思いたって羽束師の試験場に様子を見に行ってみたら見慣れた黄色のバイクが走っているではないか。中型免許を取った教習所が試験場のコースで大型バイク教習をやっていたのだった。試験場でも練習できるなら受かるかもと思い、さっそく大型教習の申し込みをした(現在の大型教習と違い試験場での試験は受けなければならないのだ)。

あれさえなかったら合格やったのになあ

土日をつぶして練習に通うこと1ヶ月、重さとパワーに戸惑っていた教習車FZX750も、そこそこ振りまわせるようになったところで休みをとって試験を受けた。3度完走して受からず。3度目など自他共に認める完璧な走りながら、唯一クランクの入り口でリアバンパーをパイロンに接触させていて脱輪扱いで不合格。「あれさえなかったら合格やったのになあ」って言われても後の祭りである。これで、ちょっとめげてお盆の休みはツーリングに逃げてしまったのだ。

東名高速全線走破

長い前振りはともかく、ツーリングに出られないまま夏が過ぎるのはいやじゃあとお盆の休みで東へと向かった。Zephyreに乗り替えてからは高速が非常に楽になったことと、なにより前年の東北周遊で長距離に味をしめたということもあって目指すは南東北。前回はあっさり通過した会津磐弟山近辺を走ることに決めた。ルートも前回の北陸周りと違い太平洋側、東名高速全線走破をすることにした。

信州縦断行 (4)

  • Posted by: Jun
  • May 4, 1992 11:53 PM
  • Tour

信州 May , 1992 Kawasaki GPX250R

再び雨の野尻湖 - 5月4日

ナウマンゾウの野尻湖

宿を出る。軽井沢へ向かって走り、当然ながら軽井沢市街には用はなく、浅間山麓の細い道に分け入る我々であった。今日の宿はナウマンゾウで有名な野尻湖畔のYHである。どう走ったのかあまり記憶がないまま淡々とR18を行く。やがて到着した野尻湖YHは旅館であった。早速、荷物を置いて野尻湖を一周。写真など撮って帰還。宿の食堂での晩ご飯は一般の泊り客といっしょで、だが中身はまったく別物だった。YHの人はこっちねとあまり比べたくない、でもそれなりに食える食事である。夜になって雨が降り出したらしい。

雨のち晴れ

ばったりと倒れこむように眠り起きると、あとは帰るばかりの最終日。再び雨となった。しかたなくカッパを着こみ、宿の前でわざわざその写真を撮り、いざ出発。松本経由中央道で東京に帰る二人と別れて、上越から北陸道を使う。新潟に入ると雨も止み青空が広がってきた。北陸道は快適に流れて帰還。初のマス(でもない)ツーリングだった。

信州縦断行 (3)

  • Posted by: Jun
  • May 3, 1992 11:45 PM
  • Tour

信州 May 1-4, 1992 Kawasaki GPX250R

迷子の草津 - 5月3日

春の雪

松本から山を越えて東へ。上田から菅平へ抜ける三日目である。菅平は気持ちのいい高原で今日は天気もよくやっとツーリングらしい走りを楽しめる一日になりそうだった。YHの安さとお気楽当日予約に味をしめた我々は今日もYHに電話をした。とれた宿は群馬県。ルートを検討した結果、長野に向かって高原を下り、志賀草津道路を長野側から走破、草津温泉を経てYHに至ろうというものだった。

これが初めて走ることになった志賀草津道路は、ようやく雪が融けて開通したばかり。当時まだ有料道路で結構な金額を取られたような記憶がある。しかしそれよりも何よりも記憶に残っているのは横手山付近にていきなり雪が降り出したことで、春スキーの連中の冷たい視線を浴びながら黙々と走る(後に、ろくに雪のない中で無理矢理スキーをしている連中の横を快適に走り過ぎてやることになる)。

迷子の草津

山を下りると草津温泉に入る。ところが、ここで事件が起こった。信号で引っ掛かった後続の二人をおいてKがすうーっと先に行ってしまったのだ。信号が変わるや慌てて追いかけたのだが、入りくんだ草津の中心部でKはその姿を忽然と消してしまったのだった。しばらく長野原方面に続く道で様子を見たが現れる気配がない。Kは宿の場所わかってるやろか?と不安を抱きながらやむなくYHへ向かう二人であった。途中でとっぷりと日は暮れ暗闇の道を行く。こちらも宿の入り口を見失いそうになりながら、ようやくたどり着いたYHには二人を待つKの姿があった。

宿はペンション風の本館の横に立つ合宿所という趣の別館である。ま、寝れればいいのだ。食事と風呂は本館で場違いな感じの我々であった。

信州縦断行 (2)

  • Posted by: Jun
  • May 2, 1992 11:37 PM
  • Tour

信州 May 1-4, 1992 Kawasaki GPX250R

霧の美ヶ原 - 5月2日

五平餅を食す

宿を出てR19を北上、奈良井宿で観光。五平餅などを食べながら今晩の宿を決める。予約していたのは初日だけだったのだ。YHに当たるということであれこれ調べて松本の浅科温泉YH に決定。これにて本日のルートも決定。ビーナスラインを走って折返しの途中から松本に向かって下りましょうということになった。

ビーナスラインはGWで開通したばかり。標高が高くなるとてきめんに寒くなる。終点の美ヶ原ではついに霧が発生して眺望は望めなかった。ここから引き返して扉峠から松本に向かって急坂を下る。所々にコントロールを失った車が突っ込む用の土盛りがあり、なかなかびびる。松本市街に入ってちょいと迷ったが無事YHに到着。 荷物をおいて温泉だと出かけたが既に終了で入れず。ここも温泉だという銭湯でがまん。YHは一部屋に二段ベッドが四台並ぶまさにYHだった。

信州縦断行 (1)

  • Posted by: Jun
  • May 1, 1992 11:31 PM
  • Tour

信州 May 1-4, 1992 Kawasaki GPX250R

この年のゴールデンウィークは会社の同期の連中と信州ツーリングへと出かけた。雨の権兵衛峠越え、霧の美ヶ原、迷子の草津、再び雨の野尻湖とバラエティに富んだ信州縦断行。メンバーはRZ250RのSとFZR250RのKと私の3人。SとKは東京から、私は京都からの出発で駒ヶ根駅前の集合となった。

雨の権兵衛峠越え - 5月1日

出発は雨

出発は見事に雨。家を出る時から降っているというのは初めてだった。一人なら出発を遅らせているところだが待ちあわせがある。安物カッパを着込んで名神に乗った。当時、携帯電話なんてものはなく雨も降る中だったが、無事、駒ヶ根駅前で待ちあわせに成功。駅前で食事の後、本日の宿に向かって木曽山脈横断の権兵衛峠越えである。峠では霧まで発生して視界が悪いことこのうえなし。とろとろと進んでようやっとR19へ下りた。

本日の宿は藪原あたりのスキー宿だった。スキー用の乾燥部屋があったのでカッパを干させてもらう。ご飯はまあまあ。

Stranded in Kanazawa

  • Posted by: Jun
  • March 21, 1992 11:24 PM
  • Tour

金沢 March 21-22, 1992 Kawasaki GPX250R

Stranded in Kanazawa

前年のツーリングにすっかり味をしめ、春になるのを待って92シーズンの始まりとなった。南は紀伊半島に行った、東は信州に行った、西は岡山に行った。となれば行き先は北である。春分の日の連休で能登半島をまわろうとしたのだが...。

初日は名神・北陸道と走り継いで金沢入りした。初日の宿泊をどうするか考えたのだが、能登半島の根元で泊まって翌日一日かけて半島一周しようと決めたのだ。信州ツーリングの帰りに走った北陸道を逆向きに走り、何事もなく金沢へ。宿はきれいでもないがビジネスホテルとしてはこんなものか。明日は千里浜を走って、半島の最北端まで行ってといろいろ考えながら休んだ。

翌日、目を覚ましたら一面の銀世界だった。おいおい3月も後半やぞと思ったが雪は降り続いている。黒いはずのバイクも雪をかぶってすっかり白くなってしまっていた。これではツーリングどころではない。それより雪が降り続くと帰れない...。しかたがないのでバスで金沢市街に出て観光することにした。とはいえ、かなりの積雪で慣れない身としては歩くだけで一仕事であった。結局、映画館を見つけて入ったのが10時過ぎ。出てきたら2時近くになっていて驚いた映画の名は「J.F.K.」だった。

雪が融けなかったら金沢に閉じこめられたままだなあと思いながら宿に戻ったが、翌朝はいい天気で雪は見事に消え去っていた。能登半島を巡る計画は未だ果たされていない。

瀬戸内半周ツーリング (2)

  • Posted by: Jun
  • August 15, 1991 11:41 PM
  • Tour

瀬戸内 August 14-15, 1991 Kawasaki GPX250R

海を渡る - 8月15日

鷲羽山

2日目、まずは今回随一の走り所である鷲羽山スカイラインを走るべく倉敷へ。市街には入らずたまたま見つけた喫茶店で朝飯など食べていざスカイラインへ。スカイラインへ向かう取付道路からして快適なワインディングで、他に車もなく気分よく走る。鷲羽山から望む瀬戸内海といえば、今回のツーリングの隠れテーマである「悪霊島への旅」である。横溝正史最後の長編「悪霊島」の舞台となった瀬戸内の孤島、形部島を探してみようということだ。鷲羽山で「悪霊島」の登場人物「何でも見てやろう君」こと三津木五郎のまねをしてから、眼下の下津井の港へと下り、金田一耕助よろしく船に乗った。既に瀬戸大橋がその偉容をさらしているため、いささか風情に欠けるところはあったが、約一時間のフェリーは至極快適であった。

丸亀

初の四国は丸亀だった。ここからは特にテーマもなく観光ということで丸亀城へ。丸亀出身の知人が「日本一の石垣だ」と力説する石垣を眺め(確かに奇麗だった)お土産を買って出発。香川の海岸線に沿って東進。やがて徳島は鳴門へ入る。帰りを急ぐつもりでもなかったが、ここまで来てしまったので淡路島からフェリーに乗ることにした。島へ入ってすぐに高速を下りて西海岸へ回る。フェリーの出る津名は東側なのだが、少し島内を走ってみようという魂胆だった。細い道をトロトロと走り、低い山間を走って津名へ抜ける。フェリー乗り場は車で大混雑だったがバイクはすぐに乗れた。津名発西宮行のフェリーで日没。夜の西宮から名神で一気に京都まで。夏の瀬戸内ショートツーリングの終わりであった。

瀬戸内半周ツーリング (1)

  • Posted by: Jun
  • August 14, 1991 11:37 PM
  • Tour

瀬戸内 August 14-15, 1991 Kawasaki GPX250R

テントもって走るツーリングってのは面白い! 5月の信州縦断ツーリングで味を占めた私は夏休みを待って再び旅立った。行く先は西。近畿、信州と走ったので今度は瀬戸内を目指すのだ。

西へ! - 8月14日

のんびりと岡山

当時単行本化された(旧)OUTRIDER誌連載の「WEEKEND TOURING 西日本編」を参考に名神を西へ走る。西宮から阪神高速神戸線へ。都心を大方抜け出た辺りで下道に。海岸線に沿ってゆっくりと西へ。瀬戸内は暑いけれどのんびりしているのだな。そんなこんなで兵庫県を通り過ぎ岡山県へ。本にも載っていたブルーハイウェイラインを快適に走る。

前回信州の反省を踏まえて今回は泊まるところを早めに探そうと牛窓から児玉方面へと向かう。もうあまりよく覚えていないが、キャンプ場を見つけて明るいうちからテントを張った。

最初のロングツーリング (4)

  • Posted by: Jun
  • May 4, 1991 10:00 PM
  • Tour

信州 May 1-4, 1991 Kawasaki GPX250R

最初の帰還 - 5月4日

賎ヶ岳

朝6時過ぎ、目を覚ます。ぼちぼちと人が集まってきたのでそそくさとシュラフを片付けて出発。もう京都は目と鼻の先といったところだったが、最後の最後に賎ヶ岳の古戦場に寄ることにした。インターから程近い賎ヶ岳の駐車場にバイクを停めたが、時間が早すぎてロープウェイが動いていない。仕方がないので山道をてくてく歩いて登った。頂上に着く頃にはすっかり汗だくになってしまったが、その甲斐あって雲一つない青空の下、北湖(琵琶湖)の絶景を見ることができた。

写真を撮っていたら、おばちゃん軍団につかまってシャッターを押す羽目に。しかも撮ってやる撮ってやるということで、見合い写真(おばちゃん談)を撮られてしまったのであった;-)

帰還

下山後はそのまま湖岸を南下、琵琶湖大橋を渡って大津から京都に帰った。

最初のツーリングは京都の定番、周山街道。最初のお泊まりツーリングは南紀。そして最初のロングツーリングで、最初のキャンプツーリングで、最初のミッドナイトランで...これ以降、自分の中でのひとつ基準になった最初のツーリングの終わり。

最初のロングツーリング (3)

  • Posted by: Jun
  • May 3, 1991 10:00 PM
  • Tour

信州 May 1-4, 1991 Kawasaki GPX250R

ソロライダーの夜 - 5月3日

川中島

戦国武将ということになると外せないのが川中島である。長野市郊外の千曲川沿いにある古戦場へ向かってR18を北上する。川中島古戦場趾についたのは10時くらいか。八幡宮があり、信玄+謙信一騎打ちの像があるくらいで、あとはただの広場だったような気がする。

駐車場で声をかけられた。「へー、これ(バイクのこと)で京都からきたの」てなもんで驚かれてしまったのだ。確かに改めて見てみると小さいよなあ。わずか250ccのエンジンでここまで走って来たのかと、ちょっとマシンを見直してしまった。

戸隠

川中島から長野市街を横切って戸隠へ。善光寺参りの善男善女のおかげで市内大渋滞のあげく道を間違ってバードラインに乗り損ねてしまった。とはいっても、そのおかげでのんびりした県道をゆっくり走れたのだからそう悪いこともない。徐々に高度をあげていき、戸隠方面への道と合流するところで左手にくっきりと北アルプスの山並が見えた。思わずバイクを止めて写真を撮ったのである。

戸隠はやはり奥社を見なければと歩きだしたところは、やや暑いくらいのいい天気だった。しかし進むにつれて次第に道の両側に残った雪がその面積を広げてくるのだ。それでもさくさく歩いていくとそれは見事な杉並木が姿を現す。持っていたパノラマの使い捨てカメラを縦に構えてなんとか収めようとするが、なんか縮尺が狂ってるんじゃないかてな写真が出来上がった(豆粒みたいな小さな人)

春日山

雪の奥社から戻ってくるとはや日は西に傾いてきた。さらに北へ、こんな片側1車線の国道でゴールデンウィークに道路工事すんなーと悪態を付きながら、日本海に面した上越へとバイクを走らせる。もう夕方かなという頃、春日山城趾に到着。川中島に行ったら次は謙信の居城でしょう。春日山城趾はその名の通りの山城でぐるぐると山登りをして屋敷跡などを訪れた。

月と一緒に

さてこれからどうしようか? 京都に向けて少しでも近づいておくかとR8を西へと走る。北陸道と並走しているこの道はなかなかにアベレージが高くなかなか止まる機会が無い。親不知駅の表示を見つけてやっと休憩。既に夜になろうかという時間だった。駅前の食堂で晩ご飯を食べ外へ出たのが7時頃。さてどこまで走れるのか、今夜の宿はどうするのかと考えながらさらに西走。

朝日IC 9:00 p.m.

調子に乗って走っていたら宿がなくなった。駅宿にしようかとも考えたが、思い直してミッドナイトランを決めこむことにした。なにしろ天気は上々で奇麗な月が出ているのだ。富山に入ったところで朝日ICから北陸道へのった。

有磯海SA 10:00 p.m.

暗闇の中を西に向かって疾走する。最初のSA有磯海で休憩。なんだか、気持ちが高ぶって落ち着かない。コーヒーを飲んでいると、メットに無線をつけたSRXとBROSのカップルがいた。ちょっといいなぁと思った。高速は一人で走っていると飽きるのだ。テレビの時代劇がひどく場違いに思えた。

小矢部川SA 0:30 a.m.

走っているうちに日付が変わってしまった。とにかく寒い。缶コーヒーを両手で包みこんで感覚がもどるのをまつ。昔立命生協のバイクコーナーで買った安物のカッパを着て寒さ対策とする。誰もいないSAは少し怖い。

尼御前SA 2:00 a.m.

金沢の灯を左にながめつつ走る。ここでは売店が開いていた。ラッキーとばかりキツネうどんをかきこむ。人間は体温を維持するために食べるのだ。

南条SA 4:00 a.m.

目標物がない暗闇の中でまっすぐに走るのがそろそろ危なくなってきた。ここで会ったライダーの勧めで仮眠を取ることにした。SAのベンチの上でシュラフにくるまってオヤスミナサイ。上田から福井県までの長い長い一日。

最初のロングツーリング (2)

  • Posted by: Jun
  • May 2, 1991 10:00 PM
  • Tour

信州 May 1-4, 1991 Kawasaki GPX250R

点から線へ - 5月2日

諏訪湖

寒い! 寒さで目が覚めた。テントを出るとちらちらと白いものが舞っている。5月だぜーと思いながらしかたなく黙々と朝ご飯のパンを詰め込んで暖まったことにする。懸念していたパッキングはうまくいき一路諏訪湖を目指した。

湖といえば琵琶湖を思い出す関西人にとってみれば、すぐそこに対岸の見える諏訪湖はたいした大きさではない。しかし周囲を山で囲まれた盆地にあって鏡のような湖面を持つこの湖は独特の雰囲気を漂わせている。これは霧ヶ峰に向かう途中のワインディングから見下ろすとよりはっきりする。なにか湖に寄りそうようにして町があるのだ。

ビーナスライン

湖岸をぐるっと上諏訪の方に走っていくとなにやらお城があるのを発見。ちょっと寄ってみることにする。この後のツーリングでは走ることに専念することが多く、あまり途中で観光らしい観光をしないようになっていったのだが、この頃は、マシンが小さかったことも関係していたのか、割とちょこちょこ止まって観光していたのだった。

高島城からの諏訪湖の展望を楽しんだ後は湖畔から扉峠へと登りビーナスラインへ。残念ながらこの年は雪解けが遅く和田峠〜美ヶ原の区間は開通はしていなかった。それでも霧ヶ峰の山肌をゆるやかな曲線で縫うこの道は信州初心者にとって充分すぎるほど快適だった。美ヶ原へと登るつづら折れの最終区間、あるいは大門峠、女神湖付近の無料区間などなどその後何度も走りにくることになる。

上田

和田峠から丸子を抜け上田に至る。ここでは真田氏の居城である上田城趾を散策。諏訪湖で何ということもなく立ち寄った高島城に続いての城趾巡りである。点が線になった所で「信州行くぞ」以外にテーマのなかったこのツーリングに一本筋が通った。曰く「戦国武将を巡る旅」そのまま上田に泊まって駅前でそばを食べた。

最初のロングツーリング (1)

  • Posted by: Jun
  • May 1, 1991 10:00 PM
  • Tour

信州 May 1-4, 1991 Kawasaki GPX250R

鯉のぼりを立てて走るというのがいかにもツーリングライダーっぽくて一度やって見たいと思っていた。今から振り返ってみれば笑ってしまうけれども。

最初のツーリングでも、最初のお泊まりツーリングでもない。強いていえば最初のロングツーリングになるのか(といってもたかだか3泊4日だ)そして最初のキャンプツーリングでもある1991年5月、春とは名ばかりの肌寒い信州である。

誰にでも初めての事がある - 5月1日

荷物が積めない!

膨れ上がった荷物を抱えて駐車場へと降りる。さて、荷物を積んでというところでいきなり問題が発生した。荷物が多くて積めないのだ;-) 当時のバイクはカワサキGPX250R。250ccクラスではVTZと並ぶツーリング向けの機種だった。シートも比較的ゆったりとしていて積載性もいいはず。しかしうまく積めない。どうしてもライダーのスペースを侵食してしまう。これも今にして思えば笑ってしまうような話だが、それから15分ほどあーでもないこーでもないと時間を掛けて何とか成功。果たして荷物をほどいた後積み直せるのか不安とともに出発した。

どれだけ走れるか分からない!

初日は駒ヶ根のキャンプ場に泊まる、ほとんど移動だけの日になってしまった。なにしろ高速を使って長距離を移動するというのも初めてで(それまではせいぜい彦根あたりまで)どれだけ走れるものやら皆目判らなかったのだ。途中あれこれと寄り道をして楽しむ余裕はまだなかった。

中央道に入ってすぐ中津川のインターで高速を下りる。中津川駅前で昼ご飯を食べて恵那山を越えて飯田へと抜ける。記憶では少し雨が降っていたような気がするがよく覚えていない。飯田で少し道に迷いそれからとぼとぼと北へ走って夕方にはキャンプ場に到着した。

灯りが無い!

ところでロングツーリングも初めてなら独りでキャンプするのも初めてである。故に何をそろえて行けばいいのかこれまたよく判っていない。テントとシュラフ、コッヘルとストーヴは持っていったが灯りがなかった。次第に暗くなっていくキャンプ場で時間と戦いながら晩ご飯を食べたのであった。

この夜、誰やらがテントのロープに引っ掛かって転び、テントのポールがへし折れてしまった。

雨の紀伊山中400番台国道の恐怖 (2)

  • Posted by: Jun
  • February 10, 1991 10:00 PM
  • Tour

紀州 February 9-10, 1991 Kawasaki GPX250R

怖いものは何もない? - 2月10日

400番台国道とは

朝、起きたら雨が降っていた。さてどうしようか。紀伊山中を縦断して帰るつもりだったし、雨だからといってこのまま引き返すのも芸がない。田辺の先まで走ってR425でちょっとだけ山の中走って海南に抜けて広い道で帰ろうと考えた。
カッパを着込んで出発。雨の国道をそろそろと走る。体が固くなるから余計にふらふらする。「力抜けー、力抜けー」と唱えながら走る。田辺で左折、山へ向かう。最初はツーリングらしくてよかったのだ。しかし、問題の国道425号はぐいぐいと高度を上げ、それとともに道幅が減少していった。しかも雨。こんなとこで事故ったら発見されへんかもしらんなと思いつつ、落ち葉のたまった道を慎重に走る。
事故ることもなくなんとか山を下りた。後は帰るだけ。今なら阪和道から近畿道、名神と乗り継いでさっさと帰るのだろう。その当時は高速は使わないという思い込みがあって、下道をとろとろ走って家に帰り着いた。

もう怖いものないやろ

ツーリングらしかったのは海沿いの道と山へ向かうとばぐちのところくらいか。振り返ってみれば、全然たいした事のない、ただ走ってきたというツーリングだった。でも、これが初のお泊まりツーリング。雨に降られて、400番台の細い山道走って、もう怖いものないやろといわれた初ツーリングだった。確かにその後はあれより国道らしくない国道もそうは走っていない。恐ろしき紀伊山中400番台国道だった。

雨の紀伊山中400番台国道の恐怖 (1)

  • Posted by: Jun
  • February 9, 1991 10:00 PM
  • Tour

紀州 February 9-10, 1991 Kawasaki GPX250R

就職した年、91年の秋にバイクを買った。初めてのマシンは中古のKawasaki GPX250R。ちょっと立ち転けしたらしいキズがあるくらいで手頃な値段だったし、それよりも納車して一週間後に京都のライダーの必修コースこと周山街道で転けてカウルをバキバキにしたということもあって、まあ中古でよかったかなと。すぐに冬になったので、しばらくは町中ばかり走っていた。

初めての出発 - 2月9日

300kmってどれくらい?

そして2月は建国記念日だったように記憶している。タンクバッグにでっかい地図を詰め込んでいよいよ初ツーリングに出発した。
ちょっとは暖かいだろうかと行き先は南紀。それにしても自分は1日でどのくらい走れるのだろう。バイクのテキストとして読んでいた「ライディング事始め」(むらた真・辻司)には、1日の走行距離が300kmを超えると観光する余裕がなくなると書いてあった。で、300kmってどれくらい?何もわからんまま奈良を目指した。R24をひたすら走って紀ノ川沿いに和歌山へ。道が込んでいたかどうかなんか記憶にない。車にくっついて走るだけで精一杯だった。

御坊の宿

和歌山でちょっと長めの休憩。夕方までにどこまで行けるだろうか。この辺りかなと見当を付けて御坊の近くに宿をとった。実際走ってみたら、R26の流れがよくてあっという間に着いてしまったのだが。走るのにも慣れて海沿いの景色を少しは楽しんだろうか。宿の周りは何もないところだった。夕飯を食べてさっさと寝た。

Index of all entries

Home > Tour Archive

Search
Feeds

Return to page top